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小雨の憂鬱な朝に

日差しの強さが痛い初夏のカナダは、夕方を過ぎても、夜が近づいても明るい街だった。何回寝て何回起きても太陽との距離が近い感じがしてどんな事にも適切な距離感があるのだと思い知る。肌寒い朝にいつものように目を覚ますと太陽はいなかった。どんよりと暗い小雨が降り今が何時なのか想像するのが難しかった。ベッドの隣は皺一つ無くて、急に孤独を感じる。居なくなってから気づく、無くなってから大切な存在を知る。明るくてお喋りで少し面倒くさい、そんなカナダの太陽にまた会いたくなるような朝だった。

 

先日のお話の続きをしようか。撮影の予定が急遽変わり僕はセットに向かう。車の運転はあまりにも荒くて急発進と急ブレーキを繰り返すそのやり方は、車にも環境にも同乗者にも優しくない。ここは一方通行がとても多くて(イギリス式の道路なのかな、以前ロンドンとかシドニーでも同じような感覚だった)反対側の建物に車で向かう際は街を大きくぐるぐる回る必要がある。急な撮影を断ることもできたが、こういう時に貸し借りを作っておくと後々の交渉事が有意に進む場合が多い。心中穏やかでは無いがそうする事を選んだ。深呼吸をして現場に到着した。

 

日本では見た事ないような大きな車に乗り込んで、当たり前のように分かれたヘアとメイクの前者に案内される。数日前に衣装合わせなどは済ませていたが、今から髪を切るよという事になった。もちろん聞いていない。特に髪型にこだわりがあるわけではないが(日本でも伸び切っては切り過ぎて、それをいつも繰り返している)当日の突然の変更をなんお相談も無しに進められるのがあまり得意ではない。長く息を吐いた。その時に十分な息を吸い込んでいなかったから思ったより長く吐き続けられなくて、心臓の下が乾いた感覚を覚えている。身体の大きなヘア担当が両手を広げて僕の反応を見ているがそれに応える余裕が無かった。一度タバコを吸いに外へ出たのかあまり覚えていない。オーストラリアで撮影したときは、当たり前みたいに両サイドの高い位置まで刈り上げられて、あとは帽子で見えないからと残ったトップの部分はそのままにされた事があった。こんな感じなのである。

 

一通りの時準備を終えて自分の待機部屋に戻る(部屋といっても現場に停めてある大きなキャンプカーのようなもの)。無駄に広くて足元の暖炉にはメラメラと液晶のデザインが揺れている。たかが髪を切るだけ。それだけでも物凄い負担のようにも感じるし、なんて事ないようにも感じる。待機部屋の奥には大きな姿見がある。大袈裟に髪を切ったが特に大きな変化は無い。


 

セットに移動して、挨拶をして、ロケーションを確認する。大掛かりな機材と関わっている人間の数にはもう慣れてしまった。カメラの前に移動すると妙に鼓動が大きく感じて、呼吸が浅くなるのを感じた。手と脚の正確な置き場がどこなのか判断できず、なんだかぎこちない感覚があった。数回芝居をしてすぐ外にタバコを吸いに出た。なんだか嬉しい気持ち、撮影をしている。少し緊張している不安な自分、これしかないと思っていた正解が監督の一言で全然違う解釈になる瞬間、撮影部が嬉しそうに「こっちからも撮らせてくれ」と提案するアングル、どこにでもいる空気の読めなさそうな人、変な待ち時間、その待ち時間に僕の腰掛けるチェアーには僕の役名がプリントされていたり、全てが特別で愛おしい瞬間のように感じた。


 

 

その日の帰りは少し散歩をした。マネージャーを誘って美味しいレストランへ行った。隣の客がナイフとフォークの音をガチャガチャと鳴らしていたがあまり気にならなかった。カードを預けてレストランを先にでた。肌寒く感じていた天候は、撮影後の熱った僕の体を冷やすのにちょうど良く、タバコがいつもより美味かった。すれ違う男にタバコを一本くれないかと言われたが、口角を上げて断った。


 
 
 

55 comentários


絵里
絵里
24 de jun.

髪型どうなっちゃうの!?と思いながら読んでしまいました。新しい髪型もお似合いですね😊でも急に切りますってちょっと困っちゃいますね😢


ただ…お肉がめちゃめちゃ美味しそうでした🍖

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taka
taka
23 de jun.

今日もお疲れ様です

ヘアスタイル似合ってます

どんな作品なんでしょう。楽しみが増します。太陽のお話し素敵な恋の物語みたい🤍今日も温かく優しく笠松さんと小林さんをカナダの太陽が見守っていて下さいます様に✨

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Tama
Tama
22 de jun.

本当に毎日、常に頑張っていて、自分の環境に冷静に対応しようとしていることに凄いなって感じます。

タバコが美味しく感じたことに嬉しくなったり。

続きのお話しを聞かせてくれたり、いきなり切ることになったのに結局格好良いんかい!ってお写真もありがとうございます😊

日本での当たり前と違う今の当たり前に大変なことだらけだと思いますが、心身無理せずに。

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カメラの前に立って芝居をすることで、ようやく息をすることができたのかな、何か掴めたのかな

やり方は違えど、良い作品を作りたいという制作陣との気持ちは同じなはず。少しずつ通じ合えていけばいいね。

美味しいご飯が食べられて良かった☺️

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mio
mio
22 de jun.

嬉しい気持ち、愛おしい瞬間✨なんだかわたしも嬉しい気持ちです!大変な中でも充実してお芝居に取り組めますように🙏

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