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日曜日、月曜日

「火曜日」

 

数週間前にいただいたお仕事の問い合わせは、全体とのバランスとスケジュールの関係でやるやらないが停滞していた。なんだかそうなって来るとやりたくなるのが人間というもので、僕はとにかくこの結果が気になって仕方がない日々を過ごしている。企画書を読んでくれと言われたのがちょうど一週間前で、「来週には決めさせてください」とお互いの都合をすり合わしているその「来週」というのが今である。この木曜、金曜で、その作品をやらせてもらうのか、そうでないのかが決まろうとしている。不思議なことに、決まりそうな気もするし、(スケジュール含め)全然はまらなさそうな気もする。しかし、今までとは確実に何かが違う、なんだかどっちに転んでも完全無欠の超ハッピー☆とは行かない気がしているのである。ややこしい精神状態に突入している。

 

仕事をゆっくりのペースでやろうとしている時に、ドカッと重いものが入ると中々すぐには対応できない。しかし、やるぞー!と前のめりになっているタイミングで急にハシゴを外されるとすってんころりんしてしまう。深呼吸をして、ニュートラルを保つ。一喜一憂は良くない。それにやるべきものはやるべきタイミングで降りて来るはずだ。焦らず、期が熟すのを淡々と待とうではないか。

 

昨年の秋ごろ、僕は空港のラウンジに居た。食事をしていたのか、コーヒーを飲んでゆっくりしていたのかは確かではないが、とにかく飛行機までの時間を持て余していた。目の前に中年の男が寄ってきて、声をかけていただいた。何往復かの会話をし、彼は飛行機の時間があるので、と名刺を差し出した。僕は名刺など持っていないので、頭を少しだけ下げた。足早に去る彼の後ろ姿が見えなくなったところで、僕はその名刺に視線をやった。某大手の超上の立場の人物のお名刺であった。彼が去った方向に少し進み、辺りを確認した。もちろん彼の姿は無かった。不思議な出会いである気がした。何か運命的な、そんな感覚があった。

 

今年の春頃、彼から連絡をいただいた。秋ごろに作品を撮るのですが、日本の作品はご興味ありますでしょうか、と。もちろんです、と返したがそれに続くメッセージは特に届かなかった。それから冒頭に戻る。ちょうど一種間前に企画書が送られてきたのである。すぐに読ませていただき、電話でお話をさせていただいた。しかし、さすがに秋からの予定が全空きというわけではない。僕と彼とのスケジュール合わせ大作戦が、まさに今現在、水面化で行われているのである。もう少し早く言ってくれよ!!!喉まで出そうなこの思いを押し殺して僕は待つ。淡々と待つ。結果がどうであれ、やるべき作品であれば必ず僕のところへ来るはずだ。みっともない事はしない。そうやって生きて行く。

 

「少しでも角度がわかればご連絡ください」

彼から連絡があれば、何かヒントが欲しい。

「何か、状況は変わりましたでしょうか」

追随はしないが、向こうから確認事の連絡があるたびに。

「もし確定で必要な日程があればお知らせください」

僕は少しでも手掛かりになりそうな一文を求めた。

 

こういう文章を送る時、いつも彼からの返信はない。「待て、待ってくれ。こっちも色々と調整をしているんだ」と、向こうからそういう思いがひしひしと伝わる。待てない、待てないんだ。早く答えが知りたいんだ。今年の秋、僕は忙しく過ごすのだろうか、ゆっくりしているだろうか。答えはまだ、誰もわからない。

 

「水曜日」

 

曜日感覚を失ったのはいつからだろう。アルバイトを週八でやっていた頃、平日は暇でダルいし、週末は忙しすぎてダルかったのを覚えている。ゴミ出しの日や満員電車の混雑具合で、今が何曜日なのか確認する日々を送っていたような気がする。あの頃は確かにそうだったのだと思う。しかしここ数年はというと、そういうことを意識する事も無くなってしまった。何が変わったのだろうか。しかし彼からの一言(正確にはメッセージのやり取りだが)、今週中には結論を出します、のこの一言で、僕は今誰よりも「今週」を意識して生きている。

 

カナダで過ごす日々は日本と16時間の時差がある。日本が、今僕の生きている時間軸よりも16時間も先をいっているのである。不思議な感覚だ。「水曜日」と題したが、ほとんどの読者の方々には厳密には木曜日となる。結果が待ちきれない僕にとっては好都合である。今この瞬間頬に、後頭部に照りつけるこの太陽が、この空の青を疑いのない青だと証明するこの太陽が、裏側の日本に朝を運んでいるのだから、地球は、太陽は不思議だな〜とか思ったりもする。スケールの壮大さに、この待ち時間に対して張り裂けそうな僕の心臓の小ささを比較して笑ってしまう。

 

考えないようにしよう、そう言いながら誰よりも考えてしまう。今週中には答えを出します、のその今週とは、いつまでのことだろうか。平日の、つまり金曜日まで、ということになるのが一般的だろうか。という事は明日、こちらの木曜には答えが出るということになる。しかし、土日も関係なく働くこの業界で、そういう一般常識は通用するだろうか。だとすると彼はタイムリミットギリギリのボーダーを日曜まで、と捉えている可能性がある。つまり、あと三日となる。まだまだドキドキするには時間がありすぎる。そして物事というのは凝り固まり、流動が詰まるものだと思う。長考すればする程に、もっといいものがあるのではないか、あと1時間、あと1日考えようと、伸びてしまう可能性すらある。そうなると、彼の言う「今週」とは、来週の月曜日になる可能性すらある。そこまで考慮に入れて自分自身が傷つかないように、疲れてしまわないように予防線を張り巡らせている過程で、既に疲弊して勝手に堕ちて行くような、そんな状況なのではないかと整理する。

 

(こういう時だけ)僕の一挙手一投足を神様が見ているような気がする。何かを頑張っていれば良い結果になるかもしれない。しかしそういう邪念の混じったことも見透かされていて、そういう僕に良い結果をくれないかも知れない。逆に平常心でいつも通りの日々を過ごした方が、むしろ神様にとって好感度が高いかも知れない。いや、もしかすると問題行動なんかを少しカマスくらいの方が、「お、こいつ中々やるな」となったりもするのか?とかね。

 

つまりがんじがらめの八方塞がりの状態なのである。こういうことを今、文章に記録していることすら神様は良く思わない可能性がある。揺れて揺れて、最後にいい結果でした、そういう魂胆が透けて見えているのかも知れない。とにかく、ただのオファー、ただのオーディションの結果待ちとか、そういうものでは無くなってきている。完全に、僕の小さい心臓を動いたまま引き抜かれて、彼の手のひらの上でドクドクと湯気を立てながら脈を打っている。返してください…、お願いします、元に戻してください…、何も無かった日々に戻りたいのです…。彼が笑っているように見える。湯気に隠れて実際にはよくわからない。


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「木曜日」

 

予定通りに行かないという予定通りのスケジュールが進んでいく。流行りの感染症のように頭が熱い。思考を停止させようと頭をフル回転させている。一人になり、隙があれば何度も彼からの連絡が来ていないか確認をした。日本では、現在金曜日の昼頃だろうか。今日かもしれない、今日じゃないかもしれない。いつだろう、いつまで続くのだろう。果たして、本当にこの仕事をやる意義があるのだろうか。もっと渇望した、才能のある、容姿端麗で精神的にも成熟した、そんな俳優がやるべきではないだろうか。僕じゃない気がする。そんな気がしている。一体自分が何になりたいのか、何をやりたいのか、もう何も分からなくなっている。本当だろうか?心の底から、喉から手が出るほどに求めていたような気もする。誰かが読むかもしれないこの文章に、表に出すか出さないかも決めきれない僕が書くこの文章ですら、誰かの、彼からの評価を気にしているのか。彼から突然に届いた連絡一つで、彼が作ったルールの上で、その正解を求めているだけのような、吊るされた人参の為にひたすら走る馬のように、それを手に入れようが入れまいが生きて行くだけの餌はもらえるはずなのに。それを楽しんでいるかのように、それを見せつけるかのように。彼からの連絡は、「今週中には」というその今週の連絡は、果たしていつ届くのだろうか。

 

「日本にいらっしゃいますか?夕方六時過ぎにお電話させていただいてもよろしいでしょうか」

 

ちょうどこちらでは陽が落ちて、今日が終わるギリギリのところで、彼からの連絡はまた突然届いた。どちらだろうか、諸々調整していただいて申し訳ないが…と切りだされるだろうか。それとも、調整がつきました、と直接言いたかったのです、と律儀に電話をしてくるのだろうか。なぜ電話なんだろう、なぜメッセージで送ってこないのだろう、どちらだろう、どちらでもいい、はずだったのに。一週間前まではこんな事に揺さぶられる事なく、平穏に予測できる日々を過ごしていたのに。完全に踊らされている。なんて返せばいいだろう。少しおどけた方がいいか、子供の様にヒントをねだろうか、格好付けてそっけなく返そうか。何が正しいのか、答えはあるのだろうか。今日が終わる、今日が終わってしまう。日本の夕方六時、こちらの深夜二時、その瞬間は来る。待つのがとにかく嫌だ、答えを誰かが持っているのに、僕だけが教えてもらえないこの状況に我慢ができない、早く、早く、早く、早く。

 

「金曜日」

 

自分のやれなかった作品が異例の大ヒットをしていたりする。声はかかっていたのに、その機会はあったのに、もっともっとやれるのに、やれたはずなのに。昔、大先輩に「運命は決まっている」と言われた。その時は生意気にも「必死に生きて、振り返って見た景色が運命だと思います」と言い返してやった。大先輩は優しく笑ってくれたけど、心の底では一体何を思ったのだろうか。今ならわかる気がする、時間が経ってすっと腑に落ちることが時々ある。つまり、僕の言ったことは、逆説的に運命には逆らえない、ということになってしまう。つまり運命は決まってるじゃないか、選ばされて、歩かされているんだ、と大先輩は思っていたのかも知れない。答えを知っていたのに、僕にだけ教えてくれなかったのかも知れない。

 

今回はごめんなさい、そう言われたらなんと返そうか。この機会があったことが幸せです、と媚びることができるだろうか。あなたとは運命を感じています、絶対また…、と無駄な音を鳴らすための空洞に成り下がるだろうか。少しでもその後の会話という無駄な時間を彼と共有することで、次こそはこいつと、となるのだろうか。果たしてどうなのだろうか。きっと僕は素っ気なく、わざわざお電話ありがとうございます、と言うだろう。その時間に耐えられず、口角を上げ続ける事が出来ず、声色を明るく保つことができず逃げ出すだろう。そして、もう少し印象良くしておけば、と反省を繰り返すのだろう。数日間は想いにふける夜を繰り返し、そして忘れて行くのだろう。

 

きっと今回はダメなのだと思う、どう考えても。じゃなきゃ電話はしてこないだろう。進めなきゃいけないことが山ほどある。夕方六時に電話をする、そんなことを待っている暇もない位に、やらなきゃいけない事が山ほどあるのだから、きっと今回は律儀に、ごめんなさい、と言われるのだろう。そんなことはわかっているのに、ほんの少しだけ期待している自分に腹が立つ。諦めて忘れろ、気にせず次に進め、今に集中するんだ。

 

もし、作品がヒットしたらどうだろう、また悔しい思いをしなければならない、運命に負けた気がする。このゲームに負けた気がする。もし、作品が一つも話題にならなかったらどうだろう、わざわざそれ位のものなのにこんなにも不安定に心を揺さぶるエンターテイメントに巻き込んだことに腹が立つだろう。本音はどうだろう、僕の本音は一体どこにあるだろう。「お前さあ…」と、大きなため息をつきながら舌打ちをしてやろうか。途中で電話を切るのもいいだろう。どうしてやろう、どうやってこの仕返…。

 

電話が鳴っている。手が震える。心臓が急に活発に動き出す。

第一声はどんな音を出すのが適切だろう。

 

「土曜日」

 

女の悲鳴のような甲高くて嫌な鳥の鳴き声が響いている。ベランダの遠くの方を確認して手元に視線を戻す。血だらけの刃物を握って無心で力んでいる。やってられない、やっていられないんだよ。どこにこの感情を当てつければいい、どうやってこの気持ちを整理すればいい。不規則に下ろす刃の隙間から、一筋の血液が飛び出してきて目の奥に侵入する。僕のDNAを上書きするかのように。片目を瞑りながら手は止めなかった。止められなかったのかも知れない。

 

切っていた赤い塊をお皿に盛り付けた。途端に見違える、胸を張り堂々としている。

 

このキムチは数日前に近所のアジアンスーパーで購入したものになる。漬物が食べたかったのだが、小さな瓶で千円もする。馬鹿馬鹿しくて流石に手が伸びず、この期間ずっと我慢をしていた。これは白菜まるまる一つを漬けたもので、カットもされていない。賞味期限が近いという事で何割引きもされていた。面倒くさくて、使いづらくて、手間がかかる。目が合った時、まるで僕自身のようだと思った。僕がどうにかしてやらなくては、そうやって言ってくれる人間を探していたのは、僕の方なのだろうか。

 

電話を切った後、僕は遠くを見ていた。感情の整理が追いつかなかったのである。あらゆる可能性の返事を想像していたつもりだった。それでも追いつかないほどに、人生とは複雑で難しい。味のしないタバコを、無感情に数本続けて吸った。頭を回していた。この状況と、感情の整理と、未来の予測をする必要があった。

 

電話を受ける前、決めていた行動があった。大きく深呼吸をして、出来るだけ前向きに電話を終わらせよう、それはうまく出来たのだろうか。やはり彼からの答えは、「スケジュールの調整が叶わなかった」という事だった。彼の言葉や音のリズムは淡々としていて、自分との対比がつらかった。笠松くんと言った後に笠松さんと言ったり、僕と彼との関係があまりに曖昧で不確かなものだと証明しているようだった。「お仕事したいという気持ちは本当でして…」、とここから社交辞令を時差16時間を挟んで垂れ流していくんだろうか。これはあと何分、何秒続くのだろう。「別の“この役“で再オファーをさせていただけないでしょうか」。

 

なんと言っているのかよく分からなかった。”この役“というのは元々と言われていたものとは真反対の役である。同じ作品の別の役、全く想像していなかったその役。自分の器用さを恨むべきだろうか、カリスマとは一つのことを突き詰められた人間のことだと思う。僕は中途半端な何でも屋さんだ。それに救われたのか、今なにが起こっているのだろう。

 

彼との電話は13分と1秒だった。淡々と、それでいて僕と仕事をしたいという思いが電波を通しても伝わった。丁寧すぎる言葉にはほとんど温度は感じられず、それは彼の立場が彼をそうさせるのか。なんでもいい訳ではない、ましてやスケジュールが合わないから別の役、そんな事があっていいのだろうか。役所が小さくなったか、全くそんなことはない。なにに納得がいかないのだろうか。このゲームに勝ったのか、負けたのか。どっちなのか分からない。また僕だけ置いてけぼりにされている気がする。腹が鳴る。今日は何も物を口にしていない。やはり心臓が小さすぎる自分に笑ってしまいそうになる。アイツのことを切ってやろう、出来るだけ綺麗に、美味そうに盛り付けてやろう。鳥の鳴き声がする。ベランダの向こうは真っ暗で、すでに日本にも太陽は昇っていないだろう。もしやるとして出来上がりはいつになるだろう、来年か、再来年か。明日はいつ来るのだろう、太陽が昇れば、日付が変わったら。僕だけが知っている、それ以外の誰にも教えない。


 
 
 

54件のコメント


さき
さき
7月17日

早く先を読みたいって思って読み進めました。自分の、文字を読む遅さにイラつくくらい🤪1週間、お疲れ様でした😍中途半端な何でも屋さんなんかじゃなく、カメレオン俳優🐍です。役によって全然違う顔を見せてくれる、何にでもなれちゃう将くん♡また作品楽しみにしています🙌

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taka
taka
7月15日

やっと読む時間が出来ました

ボイシー聞けなくてアーカイブにもなかったから この件についてお話しがあったのかは分からないですが、そのお方、笠松さんとどうしてもお仕事がしたいんだろうって そう思えました。

笠松さんは何でも屋さんとかっていう意味ではなくて何でも出来る数少ない貴重で素晴らしい人なのでしょうと思います。お仕事をどうしても一緒にしたいくらい魅力的な人って。

ちゃんと眠れていますか?

重い病気の経験がある私が証明出来ますが寝る事は本当に大事なので良く眠れていますようにって祈ってます✨

そしてどうか笠松さんが振り返った時に笑顔になれる結果になります様に✨


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将さんこんにちはっ

気持ち的にすごくしんどい1週間を過ごされてたんですね、、

結果的に将さんの思った通りには行かなかったかもしれないですが、お相手さんもそれだけ将さんと一緒にお仕事がしたかったんだと思いますし、今から形になったものを見れるのがすごく楽しみです☺️

体調には本当に気をつけてくださいね!応援しています✨

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みかん
みかん
7月13日

ほんまに長いですね☺️けど読んじゃいました、夢中で読んじゃってました☺️


今週までに、と言われたら確かに日曜日までかな。。けど時差ありすぎて🥲


怒涛の1週間をしょーちが過ごしている間、私の1週間はなにも変わらない日々でした、ふふ☺️

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シャノ
シャノ
7月13日

何でもどんな役もその役を生きる事ができるのは めちゃくちゃ凄いと思います!役を生きてる笠松くんを見られるのは至福の時間です!楽しみです!


Voicy聴けなくて残念でした😶‍🌫️

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