top of page
SKOCロゴ

本題はデザートの後で




大きな道路から路地に入り細い庭を通る。扉を開けると風情がある空間にさらに扉がある。それをグッと押し込むと背の高い白髪の男性が清潔感の押し付けのような白いショップコートで爽やかに迎えてくれた。無愛想だが悪い気はしない。「成田さん?カウンターどうぞ。15分くらい遅れるんだってさ。サイテーだなアイツ」となんだかボソボソ独り言を呟いている。こういう店では初手が大事なことはこの数年でよく学ばせてもらった。カバンを自分の背中の方へ置いて姿勢を正して座る。同じく白い薄手のコートを着た女性に、隣の椅子を使うように促されたが口角を上げるに留まった。


甘さのないノンアルコールである唯一のジャワティーを頼んで小説の続きを開いた。悪魔が主人公とどんどん関係を深くしていくシーン、人間の欲望がどこから来てどこへ向かうのだろう。目を動かす速度と文字の羅列に慣れてきた頃に、店の扉が開く、金属が軽く触れ合う音がして小説を閉じた。立ち上がり、帽子を外して挨拶をした。成田さんとお会いするのはガンニバルの舞台挨拶以来だった。ディズニープラスの代表の方である。なぜこの人と'サシ'で食事をすることになったのか、何を話せばいいのか一瞬よくわからなかった。背の高い白髪の男性、マスターが僕の隣の椅子を引きながら「荷物置いてね、そんなにいい子にしなくても大丈夫だからね」と笑った。


僕は普段、いわゆる立場のある、権力のありそうな人間と(特に本業では)深く関わることが好きではなかった。なぜか媚を売っているような気がしたし、そんな自分が嫌だったから。しかし、最近はどうも考えが変わりつつある。作品を背負う立場になるなら、作品を背負ってる人たちと話すのが一番早いんじゃないか、そんなとこである。今までこんな哲学でよく仕事が続いていたなとゾッとする。能力だけで勝ち取ったと言えば聞こえはいいが、「俳優」と仕事の能力を一体何で測れるのだろう。作品の宣伝の為にシンガポールへ行った際、成田さんから声をかけてもらった。「一度食事をしながら将来のことなどお話ししませんか?」と。その時は特に何を思うでもなく、交換した連絡先は、最近まで交換したその日のままだった。


ルッコラという謎の草が皿に盛り付けられている。盛り付けられていると言っても、ただ皿が、皿本来の役割を果たしているだけで、その謎の野菜はなんの文句も無さそうに横たわって積み重なっている。何をかけられるでもなく何をされるわけでもなく。成田さんが素手で二本だか、そのくらい適当にとって口へ運ぶ。これくらいの緩いのがいい。マナーだのルールだの面倒くさいから好きに食わせてくれ。


成田さんの経歴を聞かせていただいた。元々は「報道」を希望していたがインターンの期間にドラマを経験したらしい。上司に気に入られドラマ部へ来いと勧誘されたが、お家柄もあり報道を強く望んで上司もそこまで言うならと引き下がったらしい。入社式の当日、成田さんのお名前が呼ばれ、当たり前のように「ドラマ部」への配属が発表されて驚いたらしい。それからドラマや映画などの映像作品の現場で汗を流したお話はどれも面白いものだった。木村拓哉さんの何がすごいのか、深津絵里さんの何が良いかの話は特に勉強になった。


いろんな料理を食べたが特に印象に残っているのはテキサスステーキというものだった。本来硬い和牛の肩肉を長時間かけて仕上げ、最後にアメリカから輸入しているジャックダニエルソースをかけるのが堪らないという。成田さんがアメリカで育った思い出が甦るのだと聞いた。期待して食べたが正直、マクドナルドのBBQソースだ。例えではなく、本当にそれなのである。うまいだろうと、マスターと成田さん、つまり大先輩二人にキラキラと見つめられて、「これやばいっすね」と大きく目を見開いてみせた。きっとテレビタレントの人たちもこういう瞬間が何度もあるのだろう、いや、ほとんどがこういう瞬間なのかもしれない、とそんなことを思っていた。


「笠松さんはどんなものがやりたいですか?どんなものに興味がおありですか?」と成田さん。エスプレッソの頼んで、お店で焼いたアップルパイを二等分して食べながら遂に本題への突入であり、ここまですでに三時間ほど経過していた。今の僕にはとても難しい質問だ。「最後の作品に出会いたいんです。これでもう辞めても良いやって思える、そんな作品をやりたい。でもそう考えると、何が最後に相応しいものなのかわからなくて困っています。何をやれば良いか僕自身わかりません」



アップルパイ二等分では到底語り合えないであろう話題の分量と、ラストオーダー後の店内で成田さんは何を考えただろう。「僕ね、笠松さん。息子がかしこまって寄ってきたんですよ。オヤジ、話があるって。金のことか、仕事のことか、女のことか。何がきても応援してやろう、そういうオヤジで居ようって。息子がね、オヤジ俺俳優になりたいと言った時に、辞めとけ、頼むから辞めとけって言ったんです」と話す。俳優さんって本当に大変な仕事じゃないですか、食っていけるのは一握りで、精神と肉体をすり減らして、それで品行方正を求められて…。僕はすごいリスペクトしています。色々あるのはお察ししますが、続けてくれると僕は嬉しいな~。


結構な量を食べて、珍しくワインのボトルをいただいてしまった。少し風に当たりたい、ドボドボと歩いていると俳優仲間から連絡をもらい、バーで合流した。「今の映画界の衰退は、つまらないものを作った奴らのせいだ!」と、だいぶ面倒くさい会に参加してしまった。黙ってアイスコーヒーをちびちびしていたが、どう思う!と僕に来る。面倒臭い、面倒臭すぎる。マナーだのルールが多すぎる。仲間内で楽しそうにやって外部を認めない感じが俺は嫌だ。どれだけの作品を観たかのマウントの取り合いと、それでいて曖昧な「良い作品」という物差しに納得がいかない。うるさ過ぎる、素手で食うルッコラみたいに、御託を並べずに食わせてくれ。俺にとっては、人生を賭けたただの暇つぶしなんだよ。


帰り道、僕は一つ、小さな作品をやる事にした。小さな作品、別にやってもやらなくてもどっちでも良い作品。ギャラは要らないと言った。僕より少しだけ歳上の女性監督が泣きそうな顔でお願いをしてくれた。簡単な作品ではないが、昨日はそういう気分だったから。


 
 
 

64 Comments


20rwmarch
20rwmarch
Jul 03

私は今転職活動中で、面接を受けながら別に今の会社をすぐ辞めたいわけではないし転職活動してる意味あるかなー。と漠然と考えていました。

このブログを読んで、

「人生を賭けた、ただの暇つぶし」か。自分の今やりたいことを全力でやろうと決意できました。

後悔のない人生!謳歌します!

Edited
Like

まるで小説を読んでいるかのような文章で、情景が頭に浮かんでくるようです。本当に素晴らしいです。読み物として面白いです!どうやったらこんな文章を書けるようになるのでしょう、、尊敬です。次はどんな作品をやるのかとーっても気になります!

Like

た
Jun 14

目上の方のお話は勉強になるよね。 あと、事情は分からなけいけどノーギャラなんてやめてー🥲

Like

将さんのトークも好きですが

文章の表現も面白くて、

更新いつも楽しみにしてます♪


『人生を賭けた、ただの暇つぶし』

このフレーズ、なんかカッコよくて

気に入っちゃいました😊✨


Like

みかん
みかん
Jun 14

どんな仕事のしかたでも、どんな作品に出ようと、しょーちそのものが推しなので応援します😊❤️

Like
bottom of page