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目が見えない天才と誰の声も聞こえないバカ

普段、車の運転やサウナに入る以外、ほとんどの時間をイヤホンで耳を塞いで過ごしている。ラジオを聴いたり、音楽を聴いたり、本の読み聞かせなど誰かの声をずっと聞いている。自分の興味のあることだけを聞きたい。自分の興味のある音だけを聞いていたい。


たまたま訪れたバーで隣の美女が店員と会話をしていた。何やらスムーズにいっていない違和感を感じたのでイヤホンを外し耳を傾けると、美女は日本語が話せないらしい。諦めかけている英語で親切の半分こをした。「どこからきたのか」のありきたりの会話から居合わせた常連と、店員さんと、美女と僕の会話が始まった。


お酒と異文化交流に段々と空気は盛り上がる。アイスコーヒーを飲んでいる僕自身も酔っ払っているふりをして、音楽の話で盛り上がっていた。僕以外の皆さんは、名前は聞いたことがあるけど…な昔のアーティストの名前を共通言語に僕自身は全くついて行くことが出来ずにいた。


店員さんが気を利かせてくれた。店内からそのアーティストの曲がかかる。正直、僕は聞いたことがないジャンルであり、曲である。しかし一音目からビリビリくるものがあった。酔っ払った空気感だろうか。「もう少し、あと少しだけ耳を傾けていたい」と思える。勉強の為でも、話題作りの為でもなく、ただひたすらにこの才能に溺れていたい、と。


もしもこのアーティストが、B.BキングやStevie Wonderではなかったとしても、僕の魂は揺さぶられたのだろうか。もしも、100年近く前、たとえば彼らが無名の時代にバーで出会ったとして、偶然に隣に居合わせた彼が「僕、音楽をやっているんですけど…」と渡されて聞かされる後の世界的大ヒット曲を、僕は素直に良いものだと感じることができるのだろうか。そんなことを考えながら、大雨の中、家まで歩いて帰った。傘を差していたのだけど身体のほどんどは濡れてしまっていた。


「カメラがこう言う時はああした方がいい」


「テレビドラマではああいう芝居の方がウケる」


「映画人はこう言うのが好きだ」


もう頭がいっぱいになって疲れてしまった。これからはもう何も考えずにひたすらに自分自身と向き合っていたい。時代に沿ったヒット作には心揺さぶられない。マーケティングまみれの加工食品は口に入れたくない。ただひたすらに自分の作品と、自分のパフォーマンスとだけ対話した人達の作品を細かく砕いて吸っていたい。


「売れる売れないはそっちでやってください」と突き返して、突き返したことも忘れてバイトに勤しむ二十代の頃の僕は、資本主義の経済活動に飲み込まれていたここ数年の僕をバカにするだろうか。


「そういう時もあると思うよ」



声が聞こえた気がした。振り返ると後ろに子供がいて、こちらにイタズラをしてくる。僕は仕事終わりに、ファミレスでバカみたいな量のランチを食べていた。最近は時間が飛ぶことが良くある。


「いろんな事を考えて原点に帰ってくればいいんだよ」


「知ったようなことを言うなよ、お前何歳だよ」


「年齢や見た目、知名度と金で人を見ているんだ?」


「黙ってろクソガキ」



追加で注文した小ライスを食べ終わってまた振り返る。後ろの席にはぐちゃぐちゃに汚れた食後の残りがだけが漂っていた。


「ちゃんと挨拶くらいさせてよ、またね」


38件のコメント

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38 Comments


親切の半分こ、なんのためらいもなくできるって素敵ですね。

見習わないと。

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Shoko
Shoko
Jul 01

笠松さんのブログはいつも色んな事を彷彿させてみんなのコメントも様々で面白いな

日々感じることに今の笠松さんを感じて楽しいです

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yuibuuu
yuibuuu
Jul 01

親切の半分こって言葉と写真にほっこりしました☺️

出会った人に優しく接する笠松くんが好きです〜🥰

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たくさんの雑音が聞こえる中で好みの音だけに意識を向けて聞き分けるという術は、人間にしかまだ出来ないみたい。地下鉄の中で友達の声だけを拾うって凄い事なんだよね。補聴器だと全部拾っちゃうから大変。何が言いたいのかって言うと、世の中の聴きたい話だけを拾ってくれるイヤホンがあるといいね

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みなみ
みなみ
Jul 01

心がガサガサしてない時に、イヤホン外してみたら?

自然の音も案外良いよ。

風の音や雨の音、信号機の音にどこかの子供がお母さんを呼ぶ声。

いま家は、ちょっと遠くで道路工事してる音が聞こえるよ!

世界は音に溢れてるんだし。

無理のない程度で!

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