顔のない人たち
- 笠松将

- 4月16日
- 読了時間: 3分
つい数年前までは、あんまり泣いたことが無かったんだけど、最近思い返すと泣いてばかりいる気がする。韓国で後輩たちと現実と向き合った時、オーストラリアで一人きつすぎた時、ガンニバルの仲間たちのことを想った時。本当に恥ずかしいんだけど、ほんとつい数年前までは、そういうの馬鹿にして、斜に構えて端だけどなんでだろう。世界はあまりにも広くて、圧倒的に凄すぎる人たちを自分の目で見て、届かなすぎて、もう逃げて「てきとうにやってます」って顔していれば、こんなに感情が溢れる瞬間にも出会わなくて済むはずなのに。どっちだろうね。

誰かが僕の人生を心配している音がする。僕が与えていない名前を名乗って、僕の人生の主要人物の一人のような顔で立っている。もう少し遊んであげたい気もする、でもごめんね、もっと目を向けなきゃいけない大切な人たちがいるんだ。
次の作品にビビってる。嫌われるのが怖くて、才能がないのがバレるのが嫌でビクビクしてる。自分を納得させるのが難しい。「あ、そんな感じなんだ。そのくらいなんだ」って、真夜中ベッドの横で立っている男と目があう。「挨拶のウマい俳優に切り替えたほうがいいんじゃない?」と、真っ黒に塗りつぶされて読み取れない表情でその男がボソボソと話している。「もっと面白いものを見せてくれるんじゃないの?そんな感じなんだ」
早く帰りたい気持ちもある。仲良く笑って過ごしたい。
人が素通りする。ガレージセールで叫び続けている少年がいる。五十円とか百円で絵本を売っている。「ここにいますよ、生きてますよ」って小さい体が破裂しそうなほど叫んでる。一度通り過ぎて、立ち止まり、振り返る。「どれがおすすめなの?」って近寄る僕に、照れくさそうに父ちゃんの後ろに隠れた彼のことを思い出す。
元気にしていますか?生きづらい世の中だろう、君みたいなタイプには。コスパタイパジャないんだよね?意味があるかどうかじゃないよね。死んだ顔して生きている奴らが許せないんだろ?このくらいでいいやって終わらせる自分が大嫌いなんだろ?誰にも理解されなくても、全力でやって、その後に食べるご飯が美味しいとかオレンジジュースを世界一うまいって勘違いして生きていきたいんだろ。わかるよ、わかる。
信じている人がいる。また会いたい人たちがいる。一歩も下がれないし譲れないの。わかるよ、わかる。でももう少し付き合ってほしい。怒らないようにするから。機嫌が悪いのをバレないようにできるだけ頑張るから。キャラクターが満足してないんだ、もう少し、もっとできるよって。僕自身に見限られちゃうから。そんなもんかって。
「あ、笠松さん、こちらオッケーです」
「すみません、もう一回。もう一回だけやっていいですか?」
「こちらはいただいてますが…」
「もう一回だけ、すみません、お願いします」

笠松さん、、、
こんな事が一生続くんでしょうね
一生付き合ってく
心を磨き続けて、尖らせて、滑らかにして、いや違う、これじゃないとまた丸めて、揉んで…
突き詰めて作り上げたつもりが
やっぱりココが納得いかない。と。
一生。私は私の心のクセと向き合ってく。
もっと自信が欲しい。
自分は自分だと認められたら、誰かに配慮にかけた言葉を投げられても私の思いやりをスルーされても、しなやかでいられるのに。
笠松さんと私は違うから、理解出来ない演技もあるだろうと思います。でも、そんなときは何度も鑑賞して理解しようとします。結果分からなくても分かろうとしたこの過程が大事だと思うので。
そうやって私はずっと笠松さんを知ろうとするんだと思う。
笠松さん最高に素敵です✨
しょーちさま、キラキラしてます🥺❤️
遠くには行かないで🥲
泣けるだけ人生頑張れてないやー
コメント遅くなっちゃった
しょーちの想いを考えたら泣けてきちゃってエモいとかメロいとか軽々しく言うことはできないなぁって思った メロいってそもそも何🍈
しょーちの覚悟や本気を受け止める器がこの世には少ないのかな でも世界のどこかにはある
私たちファンは 器を用意することはできないけど その器があるところまで連れて行くことはできるよね
しょーちの存在がもっともっとろ広く世に届くように声をあげるね
しょーちが存分にやりたいことに集中できる環境がいつもそこにありますように
いつか「世界で最も影響力のある100人」に選ばれるって信じてる