稲妻が落ちる髑髏の脳
- 1月25日
- 読了時間: 4分
何処から何処まで書くべきか、書いていいのか。全部を書くことは出来ませんので、これはファンタジーだと考えて読んでくださいね。実は昨日の朝、僕はすごく機嫌が悪かったのです。それは韓国の寒さのせいでも、言語や文化の違いでも無く、作品とは何か、作品をどう捉えているか、の解釈の違いにありました。そして、その間に行った少しの会話にも、僕は納得ができず、昨日の朝を迎えたのです。
映画とは、作品を作るということは、とても難しいことですよね。まず何が難しいのか。僕の話をさせてください。僕にはこの一年、大きな課題がありました。それは「人と争わずに、作品の立体感、キャラクターの深さを追求すること」です。大切な部分は「争わない」という事です。「トウキョウバイス」でマイケルマン監督と出会って、彼から大切な教えをいただきました。「俳優を選ぶのは監督でもプロデューサーでも俳優自身でも無く、その役だ」という事でした。だからその役を魅力的に、深く、立体的に演じる必要があると。その為には理解されないこともあると。マイケルマン監督はスタジオと裁判までして自分の作品性を通すこともあるそうです、それは大変だ。。。
それからというもの、僕はよりお芝居を立体的に捉えていくわけですが、敵は増えるし、やはりとても孤独な戦いを強いられるわけです。僕としては、結構細かいことやってると思っていますが、「ここで泣けない」「このセリフは言えない」「ここで立ち止まれない」と理由もなく言う俳優たちと、同じように見られているかもしれません。難しい話ですけどね。僕の演じる役が複雑なのは、そういった背景があるからなのです。「いや。お前の芝居もだいぶ一次元的だよ?」と言われると耳が痛いのですが…。
韓国の映画の作り方も相まって(プロデューサーがハンさんと言うこともあり)、監督と話してて撮影前からたくさんの会話をして、作品とキャラクターの理解を共有出来ていたと思ったのですが、言葉でどれだけ説明しても(お互いに)、それは分かり合えないのです。そして、監督との会話に亀裂が入り、僕はもうコミュニケーションを取ることを放棄します。会話しても無駄だと。変に会話をするから、寧ろ僕をコントロール出来ると錯覚してしまう。ならば、もう勝手に、僕は僕の演じるキャラクターとだけ向き合い、深く堕ちていこう、と。
朝からイヤホンは一度も外しませんでした。監督が挨拶に来ても、僕は会話をしませんでした。何度も何度も、僕がタバコを吸いに外へ出るたびに、監督は僕の元へ来ました。僕はずっと無視をしました。稚拙で不完全な人間ですね、こんな意固地な俳優は韓国にいますか?日本にもいません。お恥ずかしい。
ハンさんが間を取ってくださり、僕たちは簡単な会議をしました(喫煙所で立ち話ですが)。詳細は語れない僕の思いを、細かく話しました。監督はとても大人で、冷静な人です。「僕は完璧じゃないから、またショウの事をがっかりさせるかもしれない。それでも何度も、僕はショウとコミュニケーションを取る。それが映画の為だと思っている。何度むしされても、何度も話しに来ます」って、巨大な男が、真っ直ぐ僕を見て言うんです。

監督は、合格点をしっかり取りに行こうとしているんです。ちゃんとしてますよね。ソウル大学(頭がいいらしい)出身だそうです。僕はリスクを取ってでも、難しい事をしようとしています、失敗すれば何をやっているのかよく分からなくなりますよね。どっちが良いとか、どっちが凄いは無くて、事実そう言う事なのです。しかし、僕のやってることは、恐らく編集をしてみないと結果がどうなるか分からないのです。僕はそういう意味では、かなりジャンキーなのかもしれませんね。そしてしっかり伝えたのは、「僕のやりたい事を必ず通したいわけではない」という事です。複雑なんですけどね、かなり。
そして僕はホームランを予告してから、とても難しいシーン撮影に入りました。台本の解釈を大きく捻じ曲げたシーンを撮影す………
あ、すみません。呼ばれてしまいました。
この続きは、またいつか、気分がのったら書かせてください。

本当に面白かったです!
(キム・ジョンフン監督の前作「들개」を観たと書いて、期待していることや大好きだという気持ちも長く書いたのに、全部消えてしまいました、ははは。)
ジョンウィさんともすごくお似合いです!楽しみです!!
ははは、頑張ってください!!
本当にお疲れさまです!!!
ファイティン!!!
너무 재밌다! (김정훈 감독님 전 작품 들개 봤다고 기대 된다는 말, 사랑한다는 말을 또 길게 썼는데 날라갔어요 하하하)
정의님이랑도 너무 잘어울려요! 기대됨!!
하하하 힘내세요!!
고생많으세요!! 화이팅!!
笠松さんの悩みの跡が深いですね···
ご苦労さまでした. 頭が爆発しそうに痛かったでしょうに。
人生は難しい難しい... ㅠㅠ
私は誰かと一緒に一つの作業物を作っていくというのが見慣れない概念です。
もちろん全てのことが協業だが、演技-カメラ-企画? この3つの概念は経験がないから遠く感じますね。どれだけ大変なのか、実感がわかないです。
学生時代、美術の時間に彫刻像を描いたことがありますか?彫刻像を一つ置いて多くの人々が集まって絵を描くのに本当に面白いです。誰かは前の姿を、誰かは横の姿を描き、誰かは後頭部だけを描きます。物はその場にありますが、それぞれが見える角度から描いているため、一つの彫像が様々な姿を見せてくれます。笠松さんもそうではないでしょうか? 私はここに立っているからそう見えるのに、あの人は違うように見えるねか? という状況なんですよね。
(状況に合わない比喩?だったらごめんなさい。)
映画やドラマはそのように作られるのではないでしょうか? 作家の立場で、監督の立場で、俳優の立場で、他のスタッフたちも見えるものをお互いに分かち合い、つながりを探して共通の何かを作る過程…···お互いの頭の中を共有しながら、ある一つの彫刻像を作ること足りないですが、私の考えはそうだと思います。
笠松さんの働き方が気に入っています。 あまりおべっかを使わず、あまり意地を張らない見えるままに話して共有すること、そしてその人が見えることも理解しようとすること···!
これは戦うことではなく、コミュニケーションすることです! 誰が仕事をしているのにひたすら笑いながら仕事をしますか? 遊びに来たのではありません。
ひたすら戦おうというのではなく、せめてプロなら? 笠松さんのようにした方がハハ笑うよりましです。とにかく、すべて良い作品のための旅程だと思えば、耐えなければならない部分でしょう。人生はいつも頭が痛い, 아이고 아이고 ㅠㅠ
おつかれさまです☕
「俳優が(監督が/プロデューサーが)役を選ぶのではない。役が俳優を選ぶのだ」
マイケル・マン監督が仰ったというこの言葉を聞いた時、門外漢ながらも(そうか、そういうものなのかも)とすとんと腹落ちするような気がしたのを覚えています。だから、山田孝之さんは「役を成仏させる」と言い、笠松さんは「彼らが今も側にいるような気がする」と言うのかな、なんてね。恵介やナカムラ少佐や松田慶太や本橋慎吾がまるで本当にその物語世界で生きているかのようだったのも、彼らが笠松さんを選んで、笠松さんが彼らの切実な願いを叶えることができたからなのかな、とかね。
クランク・インから10日足らずでさっそく衝突が起こってるのもなんか流石の笠松さんだとか思ってしまいましたが😂 とりあえず監督がコミュニケーションを諦めない人でよかった、とかも思ってしまいました(スミマセン😅)。作品としての合格点と役柄のゴール、目の付け所が違うってことなのかな?
写真もありがとう。なんかやたらと薄着に見えるんだけど大丈夫かな?😅 風邪など引かないように気をつけてね。
「編集するまで全容が見えない」笠松さんの芝居の完成形が見られる日を、勝手にわくわくしながらお待ちしております。頑張ってね🔥
難しいなー。
すごい世界だなー。
ファンタジーとは思えない笑
どの世界にいてもいつも応援してるよ🫶