過去を今で上書きし続ける

お歌の練習を何度も何度もしております。本番までもう数日、荒々しく雄叫びを上げるのか、それとも優しく語りかけるのか。「笠松くん、めっちゃカッコつけてほしい！！！」と彼が嬉しそうに言う。「立ち姿がもうかっこいいもんね」と優しい言葉をかけてくれる。歌の完成度も少しずつではあるが上がってきている。カッコつける、苦手だ。ずっと馬鹿にしていた気がする。いやそうだろうか？苦手意識から蓋をしていただけなのかも知れない。まだ駆け出しの頃、周りには圧倒的にかっこいい、美しい人達を見た時、絶対に勝てないと思った。身体の細胞レベルでそれを感じたのである。それから別の道を選んで歩いてきた。約何年経ったろう。「純粋にカッコよく、キラキラしてほしい」と目の前の男達は言う。嬉しそうに。なんの疑いもなく。なんて乱暴で、なんて美しいんだろう。それでいて、なんて面白いんだろうか。

お洒落不機嫌男

韓国で映画を撮影した。規模の大きい所謂、大作と言われるものだ。出演者はとても豪華で、それを代表するメインキャラクターの１人として出演できることはどれだけ誇らしい事だろう。情報解禁はいつだろう？公開日はいつだろう？胸を躍らせながら祭りを待つ僕はまるで子供の様だ。

ずっと寝てる男

昨日は朝から映画の撮影だった。大きな作品ではないが、監督に熱意に胸打たれ、半ば強制的に出演をさせられた。なんて幸せだろう。選択の権利を奪われて、六芒星を前に黒魔術を唱え勝手に召喚させられる悪魔の気持ちもこんな感じなのかもしれない。監督は心細そうに小さな体をギュッと固くしている。この小さな女の子を言い負かすのは簡単な事だと思った。簡単過ぎる事だと思った。難しい事がしたい、簡単な事ではつまらない。出来るだけ監督の選択肢を増やしてあげたい、出来るだけ彼女に寄り添ってあげたい、そんな事を思わせるのは監督の人徳だろう。大きな悪魔を従える小さな女の子の構図で、僕は今日、無事クランクアップをしてきた。今までどれだけ派手な花束を貰ってきただろう、小さい小さい花束を監督が嬉しそうに渡してくれた。写真を撮ろうと言われた。「こんな事は普段しない」と花束くらい小さな体で必死に強がっていた。嬉しそうにピースをしていた。「ピースなんて今時なポーズを取るんですね」と言ったのが、最後の会話だった様な気がする。

これはなんの写真？

撮影を全て終えてインスタグラムを開いた。何やら昨日発表された韓国映画の予告編のページを貼り付けて、歓喜のメッセージが何件か届いている。いや、聞いてないぞ。この予告を観たことも無ければ、公開日がいつかも聞いていない。しかし僕たちはもう慣れている。海外作品とはそういうものなのである。マネージャーが大手芸能事務所のマネージャー仲間に連絡を取り合う。聞いていませんでした、と。こういうもんだよね、国際作品は。念の為マネージャーが情報解禁の確認を取る。英語で長文のメッセージの返事が届く。「情報解禁は8月26日となります」との事らしい。なるほど、とても面白い。映像に映り込んだ残像は僕を僕たらしめる事無く、世に放たれて予告編はただ純粋に、「予告編として」の情報としてだけ存在しているのだろう。僕はまだ何もいう事ができない、何に出演して、なんの役で…。僕は言えない。僕はまだ何も言えないのである。

さて話が行ったり来たりして申し訳ない。お歌の練習の時間だ。よりいいパフォーマンスの為に、より良い歌唱のために、ほんの五分の為に魂を捧げよう。会場は湧くだろうか、沸かないだろうか。それも良い、君が望む道なら。

https://youtu.be/rbWKGy07I2g?si=lRUecERcKxVw8Iaf